遠い夕焼け 1

                                            美野沐(みのう)

 

第一章                    夢

少女は未就学児に見える。
何回も見ている夢ではあるが見えると云うのはきっと適当な表現では無いので在ろう。
だが、この少女は決して自分では無いと、
由美子(片品由美子。かたしなゆみこ 28歳。
青梅西警察署捜査課、小杉班配属、巡査部長。)
は承知はしていた。
それにしても毎回ワンシーンも違わないのが何とも不思議なのでは在った。
だが、今のこの状況は決して現実では無く、夢を見ている、と、そう由美子は理解して居るのだ。
何時もいっぱいの悲しさと共に寒さを感じていた。
その事から季節は2月の関東位の頃ではと思われる。
そこから推測すると自ずと関東の何処かの県なのではと大凡の見当も付くのだが
東北や北陸地方とその関東の寒さとは比較になる物では無い。それでも関東でも処に拠っては山から吹くからッ風も可成り寒いものだ。
この辺りは以前に利根川水系の河が満々の水を従えて滔々と流ていたのだが、其れも今ではすっかり稗上がりとうに枯れ果てた。
元々の農家はそこに田畑を広げて、入植者の家や県営住宅地、オフィス等も増えるに従って当たり前の様に今では幾つもの商店も軒を並べている。
土手と土手を挟むこの枯れた河の後の土地はそこそこな広さの一つの街となったので在る。そして河川の名残りの高さを持っ堤防(坂)が今もって存在しているのだ。
その坂は今では住民の便利な生活に欠かせない道となっている。
恐らく時刻は午後の二時頃なので在ると思う。
ふと、彼女の足元を見ると、そのか細い足にはタイツどころかソックスも履いて無くて、その上幾らか小さくなった桃色のズック靴に右足の親指の先が当たって先程から痛さを感じているので在る。
それにとても真冬とは思えない秋用のブラウスを着ている。
その下に下着を付けている感覚が由美子には全く無いし、その上から薄い上着を羽織ってるだけで有るのだから、この伝わり来る肌を刺す寒さはきっと彼女の其の出で立ちのせいで在るのだろうと感じている。
悴んで赤く腫れた霜焼けした手には何も持ってはいない。
凍える非常なその寒さと足の痛さに耐えて滑り易い足元を確かめながら彼女は母親である透子(古田透子)から言いつけられた米屋に向かいそっと歩を進めて居る。
買い物籠も財布も持たされては居ないこの姿こそが今の彼女に置かれた境遇を如実に物語っているのに他かなら無かった。

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その樹枝(古田樹枝)が住む県営住宅からあの高い坂に出る雪解け道の辺りは春から晩秋の時期まで子供らの格好な遊び場となる。
土手の手前に小川が流れ、春から夏の季節にはしじみや馬鹿貝や、メダカのような小さな魚が泳いで蛙などもいて、子供たちははしゃいでそれを取り大人も楽しむ事が出来た。その向こう側の元々の平地には規模の小さな鎮守の森も林も田んぼや畑も有り、カブトムシや蝉を取り、秋には秋の栗や柿に事欠か無かった。

ただやはり其の自然の傍に高いコンクリートの建物が生活の便利のため、利害の為にその数を増しつつ有るのも事実だった。今から行く米屋もそこの商店街にあり土手の向こう側に有る。

無論彼女も其の楽しみの例外では無かったが、このように使い事と他にも手伝いが在り、それにも増して透子が家に居る事を彼女に対して強要している事も手伝って遊べる時間も可成減っていた。
それが有って彼女は正直この道を嫌いに成りかけて居るのである。
住人が時をかけ、昇り降りを繰り返し何時しか坂は階段状となった。
そしてその上誰かが行き来し易いように木製の手摺りを設置していたのだ。
行政を行う県にしてみれば勿論違反では在るのだが、その県に土手を活用しながら出来るだけ平らする工事計画が進んでいて、其れを以前に県の道路整備課の課長と職員が一度確認に来ただけで手摺りを咎める事は無かったのである。

 

                                           訂正有りで続く