遠い夕焼け 3

 

 

それからしても透子の行動は常軌を逸しているのは間違いの無い事だ。

樹枝がこの買い物を少し渋った時、透子から言われた事は、

「行かないのか!お前は弟や妹が腹空かして泣いてもいいんだね!」だった。

これはどうしても言う事を聞かざるを得なくすると云う脅迫文句に他ならない。

でも幸いにして彼女にはその意味では聞こえてはい無かったのだ。

母ちゃんは、やっちゃん(弟の康夫。やすお。三歳)や、のんのん(妹の紀子、のりこ。一歳。)を面倒見るのに忙しい。私はお姉ちゃんだから嫌でも行くのは当たり前なんだ。

と、ただそれだけの思いだった。

樹枝は幼くてもそのようにしっかりした処の有る姉なのだ。

だが透子にすれば其れが思う壺な訳で彼女は思うように使える都合の良い一つの道具で在ったのだと思われる。

樹枝は透子の暴力と暴言に晒されていても、その母ちゃんが怖いと思うだけでこれまで恨む事は一度も無かった。

透子の乱暴に必死に耐えながら、何か自分が悪い事をしたから怒らせてしまったと、そう思い、身体を丸くして防御し、いつもただ我慢して耐えた。

そして泣きながら痛みを堪えて母親の怒りが収まるのを只管待ったのである。

    実はこのように子供が親の愛情を疑わずに虐待を受けていてもその親を信じて耐え抜いた挙句に命を奪われてしまったり、また、育児放棄されていても親が自分を放って置く筈は無く、必ず帰って来ると信じて家の中に有る食べ物を食べながら襲い来る飢えに耐え、細々と生きて、その食べ物が底をついても外に助けを求める知恵も無く、只管待って、待って、その挙句に体力の限界が来てしまい、幼い命が、帰らぬ親への思慕を募らせる中、とうとう命の火が消えて、逝ってしまう。

そんな悲しい事件が現在、枚挙に暇が無いのが現実なのである。

其れが親としての自覚も責任感も無い、所謂、育児放棄(チャイルドネグレクト)や両親が引き起こす幼児虐待のおぞましい実態なのである。

透子の其れは、実にその合体型と言えよう。

   彼女の覚束無い足でもとうとう米屋の前に着いてしまっていた。

やはり声をかけるのは気まずくて店の中をまともに見る事も出来ないのだから、店の戸を開けて入るなんて出来そうも無くて、右を見たり、下に目をやったり、また左を見たりで、心は葛藤するばかりで焦って悲しい。胸が高鳴って止まらなかった。

                            4に続く